自然農法の歴史と壁
自然農法について概要をご紹介します。
経済社会が世界規模で変革の時期を迎えているいま、自然農法は大きく進化し、これから迎える未来社会に必須の農業技術になるでしょう。いま、ひとつだけ強調していえることは、「野菜(植物)は、養分で育つのではない」という生物学における真理です。それでは、野菜はどうして育つのか? 結論から言うと、野菜が育つ仕組みが存在する、ということです。その仕組みこそが自然農法の根幹であるといえます。
(執筆 歩屋代表 横内 猛)
*「野菜は養分で育つのではない」という考え方について動画を作成しました。
衝撃的なドキュメンタリー「奇跡のリンゴ」
自然農法とか、自然栽培という言葉は、一般にはまだ聞き慣れない言葉でしょう。それでも10年前に比べれば、ずいぶんと知られるようになったと思います。
数年前に、「奇跡のリンゴ」という映画が制作されて話題になったことがあります。実話をもとにした映画です。過去、不可能と言われていた無農薬リンゴの栽培に成功した男性がいます。青森県弘前市のリンゴ農家、木村秋則(きむら・あきのり)さんといいます。
彼の育てるリンゴは“奇跡のリンゴ”と呼ばれ、それが映画のテーマになりました。
私は、いまから10年以上も前の2006年12月、NHKのプロフェッショナルという番組で、木村さんのことを知りました。そのとき、言葉にならないほどの衝撃を受け、そこから農業研究の道をひた走ることになりました。
先駆者たち
いまから思うと懐かしさも感じます。テレビ番組では「無農薬リンゴ」に焦点が当てられていました。当時の世の中は、「農薬を使わないこと」に価値がありました。もちろん、その傾向は今でもそれほど変わりません。私もそこに感動したのは間違いありません。
ところが、良く調べてみると、木村さんの行ってきたのは「自然農法」だったのです。つまり、農薬を使わないのはもちろんのこと、肥料を一切使うことなく果樹や野菜を栽培する技術があり、自然農法と呼ばれていることがわかりました。
そして、自然農法について調べれば調べるほど、その奥深さや難しさに言いようのない魅力を感じました。
自然農法には、2人の先駆者がいます。1人は、岡田茂吉(おかだ・もきち)さん(1882-1955)、もう1人は木村さんに影響を与えた福岡正信(ふくおか・まさのぶ)さん(1923-2008)です。
岡田さんは、世界救世教という新興宗教の創始者であり、幼いころの大病をきっかけに、人糞を使った農業に異を唱え、「本来ならば、農業に肥料や農薬など必要ない」と新しい農業論を提唱しました。さまざまな独自理論を唱え、多くの方々が熱心に今日まで研究を重ねています。
福岡さんは、やはり若いころに大病を患い、当時の農業技術に不信感を抱いたようです。仕事も農業試験場の研究員をしていたこともあり、「野菜や米・麦は(肥料も農薬も)なにも施さず実る」と考え、自ら山奥に入り、自然農法を実践しました。著書の「わら一本の革命」は海外でも有名で、砂漠の緑化運動にも尽力してきました。
岡田さん、福岡さんの影響を受けて、いろいろな人たちが自然農法にチャレンジしてきて、いまに至ります。その中で、一躍有名になった実践者が、リンゴの木村さんでした。
では、「農業に肥料も農薬もいらない」という考え方は、どこまで信頼性があるのでしょうか。だれが実践しても可能なのか、それとも特別な能力がないとできないのか。それが私の最大の関心事でした。
ジャーナリストであった私は、さまざまな本を読んだり、実践者に会いにいったりして、その技術の実際のところを探し求めていくと、残念ながら、まだ簡単には取り組めない、発展途上の技術であることがわかりました。
自然農法の歴史はまだ100年ほどの若い技術で、理論と呼べるほどの科学的な研究はほとんどなされていないのです。
肥料栽培の名残り
自然農法について深く学んでいくと、必ずぶつかる壁があります。それは肥料を使わずに野菜をつくり続けていくと、やがて野菜が小さくなり、収穫量が落ちてくるという現実です。実践者に取材を続ていくと、「肥料を一切使わないという理想に燃えていたけれど、野菜が育たないのでは仕方がない」と再び肥料を使うことになるケースがほとんどでした。
その理由を探っていくと、野菜を育てる基本的な考え方が、従来の肥料栽培の延長にあることがわかりました。つまり、「野菜は根から養分を吸って育つ」という考え方が根本にありました。自然農法は肥料を使わないことを理想としているが、畑に自然に生えてくる雑草を刈り取っては畝に敷き詰め、それが分解されて養分化されてのち、野菜が育つようになる──という考え方です。
しかし、その考え方では、結局のところ肥料を使う農業と変わらないのではないか? 化学肥料や家畜糞を使った有機肥料は使わないとしても、雑草や腐葉土を養分として畑に投入することに、どうしても強い違和感を抱かずにはいられませんでした。というのも、養分を吸って育つという考え方に立つと、どうしても説明できないことが自然界にあるからです。それは、舗装道路に植えられた街路樹がだれも肥料を入れないのに大きく成長し、普通の一軒家の庭に植わっている柿の木は、美味しい実をたくさん成らせてくれるという事実です。
再現性のある科学技術へ
なぜこのような現象が起きるのか? これを科学的に説明できなければいけないし、その仕組みが分かれば、野菜づくりに必ず応用できるはずだと考え、独自の研究を始めることにしました。2015年、特許を取得しましたが、これは従来の自然農法の技術を特許化したものではありません。
特許は、ほかに類似したアイデアやヒントがある場合、決して認められることはありません。つまり、ハル農法と名付けた技術は、従来の自然農法の考え方とは全く異なる発想と技術であるということです。あくまで自然農法を科学的にとらえ、いわゆる養分になるものは一切使わずに、自然の仕組みだけで野菜を育てます。科学的であるということは、「再現性が高い」ということでもあります。ですから、農業経験や知識がない人でも、完全な無肥料栽培で美味しい野菜を育てることができるのです。